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労働力を取り合う綱引きの様子が見えてきた

月曜日.アラームが鳴るより前に起床し,ご飯を食べながらネットの様子を眺めてから出社した.今日は幸い身体の方は無理というほどはつらくなかった.

出社してメールを読んでいると,日本とヨーロッパでの労働力――すなわち,私だ――を取り合う綱引きの様子が見えてきた.日本側は日本に早く帰って元の仕事をやってほしいと言っていて,ヨーロッパ側はまだもう少しだけ残ってこっちのことをやってほしいと言っているというだけの話だった.しかし,日本からラブコールを送られても申し訳ないが,私はもう恐らくこの会社では長くない.期待されると少し申し訳なさを感じないでも無いが,結局それをやるのは私でなくてもいいはずなので,大して気にすることではない(私ではなく一般の労働力に期待することはマネージャとしては全くもって正しいのだけれど).マネージャとして労働力を欲しがることも,私が一社員として辞めたいと思うことも気持ちとしてはお互い尊重されるべきだが,現在のシステム上は私の気持ちがじゃんけんで勝てるということだ.

帰任も決まらないうちから日本のことを考えるのは気が重い.労働から好きなタイプの刺激が受けられたら違ったのかもしれないが,もはやわたしは労働に良さを期待していない.私は今まで(手間は別として)やればできる程度の仕事しかしてこなかった.研究所という場所にはそういう安直なものを鋭く指摘し,優れた感覚で問題を立てたり,解いたりしている人が居ると思っていた.しかし現実にはそうではなく,(自分も含めて)みんな(限られた時間と予算で)だましだまし出来たことにしている場所という感覚が強い(今の会社の今の部署に関して言えばほとんどそうだ;事実あまり研究者然とした人はいない).

大学での研究が楽だったかというと絶対にそれはNOで,家に帰ってひどく疲れていることや,進捗が出なくてつらいことなどもたくさんあった(というかほとんどそうだ).しかし,長期的には良さがあった気がするのである(記憶の経年劣化と改ざんの可能性は否定できないが).あの良さが欲しい.手に入らなかったものではなく,一度手にしながら失ったことがなおさら惜しい.あるいは大学で研究にいれこまなければ今の気持ちはもっと楽だったのだろうか.私の周りで研究をしている人たちがカッコよかったのが悪いのでは(責任転嫁).

帰宅後は残り物で夕食.冷蔵庫に白米があったが,明日からの出張で木曜に戻ってくると20時を過ぎることを考えて白米は炊き直した.これで冷蔵庫には白米が2パック.残り物のおかずなども含めて今週はもう料理しなくてもいいかもしれない.

明日からは海外出張.PC,パスポート着替えなどあるが,今回は手抜きをしてリュックで行ってしまうことにする.一泊二日.欧州に置いて行かれる日本人として,引継ぎの話などをする予定. 明日は8時半のフライトと早いのでもう寝る(少なくとも寝ようと努力はする).

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