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結局みんな割と達成している

年末になって各位色々やっていた様子が明らかになり, つらいつらいと言ってるだけで何もしていなかった自分の愚かさが可視化されている. なんだかんだ結局みんな割と達成していることがわかる. また,自らの2016年まとめを作成したら,あまりにも何もできてなさ過ぎてひどい気分になった.

研究ができないから力がつかないし,力が無いので研究ができないというスパイラルが今年の全体感でありもうダメだという気分. なにより近くに機械学習の話ができる人,学びたい人がいないのがつらい.

結局趣味やコンテンツも本業が終わってる状態だと,瞬間的にしか楽しめず,この1年の評価を低くしてしまいがちだ. もっとも,本業も趣味もコンテンツもその良し悪しは無関係なはずなので無駄に低く評価せず,できるだけ自分のこの1年を冷静に見つめたい. そのために少し人を見るのを止めようと思う. 良かった悪かったは自分自身の相対的な基準で評価すべきであって, 人をみて評価するべきではないと思い直した.

今日は買い物に行こうと思ったが,体が疲れていることと 定期が切れているため,結局外出しなかった. 切れていた電球は前に間違って買ったものが使えることが判明し,購入の必要は無くなったし, 食料も余計なもの以外は年始まで不要な程度に買い込んでいる. 理論上来年まで家から出なくてもいいかと思うのだが,さすがに外の空気を吸いたくなったりはするので, 最低限の外出で年越しをする予定.結局大した掃除もしていない.

あとは蕎麦かうどんでも食べてという感じだろうか. 私の本当の年の切れ目は帰国時かもしれない.気づけばあと2週間ほどで帰国できるのだ. それまでなんとか生きていよう.

どうでもいいけど今回の帰国は目的がありすぎて帰るというよりは行くという気持ちだ. やはり帰るというのは目的が無い方が上質なものになるのではなかろうか(個人の感想です).